
スイスのソプラノ歌手のエディット・マティス(Edith Mathis)は、1938年2月11日に、スイス中央部
の、音楽祭でも有名な街ルツェルンで生まれました。
1963年の日生劇場の杮落としのために、ベームに引き連れられたベルリン・ドイツ・オペラと
一緒に初来日したマティス。それまで日本では無名に近かったのが、「フィガロ」のケルビーノで
一夜にして聴衆を虜にしてしまったのが語り草として残っています。その時の映像は残されて
いるのでしょうか? CDは市販されました。
(1) 「フィガロの結婚」のケルビーノ役:ベーム指揮、ベルリン・ドイツ・オペラo。1963年、日生
劇場でのライヴ録音。ベリー(フィガロ役)、フィッシャー=ディースカウ(アルマヴィーヴァ
伯爵)、ケート(スザンナ)、グリュンマー(伯爵夫人)
マティスの「フィガロの結婚」の映像は、他に次のDVDで観ることができます。
(2) 「フィガロの結婚」のケルビーノ役:ベーム指揮、ウィーンpo。1966年のザルツブルク
音楽祭でのライヴ収録。演出はレンネルト。ベリー(フィガロ)、ヴィクセル(アルマヴィーヴァ
伯爵)、グリスト(スザンナ)、ワトソン(伯爵夫人)
(3) 「フィガロの結婚」の、こちらはスザンナ役:シュミット=イッセルシュテット指揮、ハンブルク
国立po。1967年収録、ヘス演出の舞台上演風のオペラ映画。ブランケンブルク(フィガロ)、
クラウゼ(アルマヴィーヴァ伯爵)、ソーンダース(伯爵夫人)、シュタイナー(ケルビーノ)
変わったところではこんなDVDもあります。
(4) メノッティの「助けて、助けて、宇宙人がやって来た!」のエミリー役:クンチュ指揮、
ハンブルク国立po。1969年、メノッティ自身の演出によるスタジオ収録のオペラ映画。
ソーンダース(オイテルポーヴァ夫人)、ウォランスキー(ドクター・ストーン)、ワークマン
(トニー)、グルントヘーバー(ラヴェンダー・ガス氏)。マティスが、実年齢はともかく14歳の
女子生徒役を演じています。
ルチア・ポップにも同じことが言えると思いますが、キャラクターのキューピー人形にも通じる童顔
の容貌が、その人気に拍車をかけているのは間違いないでしょう。当時「追っかけ」に近いファン
がいたという話もうなずけます。
マティスは40歳代の内にオペラの舞台から遠ざかり、それまでも手がけていた宗教声楽曲や
リートの世界をメインにするようになりました。オペラ・ファンにとっては少々残念なところが
ありますが、モーツァルトでのケルビーノを始め、ツェルリーナやパミーナ、「フィデリオ」の
マルツェリーネ、「魔弾の射手」のエンヒェン等々の、素敵な財産を残してくれたことに感謝
しなければいけませんね。

イタリアの指揮者のジャナンドレア・ガヴァッツェーニ(Gianandrea Gavazzeni)は、1996年2月5日
に、ミラノの近くの、生地でもあるベルガモで亡くなりました。86歳でした。
ガヴァッツェーニは、同じベルガモ生まれの作曲家ドニゼッティの研究家としても知られています。
(1) 「アンナ・ボレーナ」:1957年のスカラ座でのライヴ録音。カラス(アンナ役)、ロッシ=
レメーニ(エンリーコ)、シミオナート(ジョヴァンナ)、ジャンニ・ライモンディ(ペルシー)。
「カラスの代表盤」、「アンナ・ボレーナの代表盤」と言われてきた、歴史的にも価値のある
録音です
一方新しい作品では、ガヴァッツェーニが世界初演を指揮をしたオペラの録音も残っています。
(2) ピツェッティの「大聖堂の殺人」:ロッシ=レメーニ(ベケット)の他、ゲンチェル、ザッカリア等
が共演。スカラ座での世界初演初日の1958年3月1日のライヴ録音です
セッション録音も多数残していて、名盤と言われる代表的録音も含まれています。
(3) 「蝶々夫人」:1954年の録音。ローマ歌劇場o。ロス・アンヘレス(蝶々さん)、ディ・
ステファノ(ピンカートン)、ゴッビ(シャープレス)、カナーリ(スズキ)。先の2012年1月15日の
記事でも取り上げた、初々しい蝶々さんの代表盤です
(4) 「ジョコンダ」:1957年の録音。フィレンツェ五月音楽祭o。チェルケッティ(ジョコンダ)、デル・
モナコ(エンツォ)、バスティアニーニ(バルナバ)、シミオナート(ラウラ)、シエピ
(アルヴィーゼ)。キャリアの短かったチェルケッティの数少ない録音のひとつとしても貴重
な録音です
(5) 「アンドレア・シェニエ」:1959年の録音。ローマ聖チェチーリア音楽院o。デル・モナコ
(シェニエ)、テバルディ(マッダレーナ)、バスティアニーニ(ジェラール)
ガヴァッツェーニの指揮のライヴ映像も市販されています。全て本拠地のスカラ座での収録
です。
(6) プッチーニの「三部作」のセット:1983年、ブソッティ演出。カプッチッリ、シャシュ、
プロウライト、ヴェイソヴィチ、ポンス、ガスディア、マルシン等の多彩な歌手陣です
(7) 「十字軍のロンバルディア人」:1984年、ラヴィア演出。ディミトローヴァ(ジゼルダ)、
カレーラス(オロンテ)、カローリ(パガーノ)、ビーニ(アルヴィーノ)、ヴァンニーニ
(ヴィクリンダ)
(8) 「2人のフォスカリ」:1988年、ピッツィ演出。ブルゾン(フランチェスコ)、クピード(ヤコポ)、
ローク=シュトルマー(ルクレツィア)、ローニ(ロレダーノ)。LD国内盤は市販されて
いましたが、DVDは今のところ海外仕様のみのようです
(9) 「アドリアーナ・ルクヴルール」:1989年、プッジェッリ演出。フレーニ(アドリアーナ)、
ドヴォルスキー(マウリツィオ)、コッソット(ブイヨン公爵夫人)、カッシス(ミショネ)。相対する
2人の女の確執がスゴイ
(10) 「フェドーラ」:1993年、プッジェッリ演出。フレーニ(フェドーラ)、ドミンゴ(ロリス)、コルベッリ
(デ・シリュウ)、スカラベッリ(オルガ)
20世紀初頭からの、スカラ座の歴代音楽監督を並べてみると、トゥリオ・セラフィン、
アルトゥーロ・トスカニーニ、ヴィクトル・デ・サバタ、カルロ・マリア・ジュリーニ、グィード・
カンテッリ、ジャナンドレア・ガヴァッツェーニ、クラウディオ・アバド、リッカルド・ムーティ、そして
現在のダニエル・バレンボイムと続きます。こうして見ると、オペラ上演のひとつの時代が、
ガヴァッツェーニを最後に終わってしまった感があります。

フィンランドのバス歌手、マルッティ・タルヴェラ(Martti Talvela)は、1935年2月4日にヒイトラ(現在
はカレリア共和国内)で生まれました。
タルヴェラは大歌手です。身長は2m3cmとも2m8cmとも言われています。その長身が威力を
一番発揮するのは「ニーベルングの指環」の巨人族の役。見た目そのままが巨人です。
バイロイト音楽祭でのライヴ録音がCD化されています。
(1) 「ニーベルングの指環」のファゾルト役:ベーム指揮、バイロイト祝祭oの1967-68年の
ライヴ録音。アダム(ヴォータン役)、ヴィントガッセン(シークフリート)、ニルソン
(ブリュンヒルデ)、ベーメ(ファフナー)
プロフォンドの声は「トリスタンとイゾルデ」のマルケ王にもピッタリです。これもバイロイト音楽祭
の録音がCD化されています。
(2) 「トリスタンとイゾルデ」のマルケ王役:ベーム指揮、ベーム指揮、バイロイト祝祭oの
1966年のライヴ録音。ヴィントガッセン(トリスタン)、ニルソン(イゾルデ)、ルートヴィヒ
(ブランゲーネ)、ヴェヒター(クルヴェナール)
映像でもタルヴェラのプロフォンドの声を楽しめます。
(3) 「後宮からの逃走」のオスミン役:ベーム指揮、バイエルン国立歌劇場o。エヴァーディング
演出による1980年のライヴ映像。グルベローヴァ(コンスタンツェ)、グリスト(ブロンテ)、
アライサ(ベルモンテ)、オルト(ペドリッロ)
(4) 「魔笛」のザラストロ役:レヴァイン指揮、ウィーンpo。1982年、ポネル演出のザルツブルク
音楽祭でのライヴ映像。シュライアー(タミーノ)、コトルバス(パミーナ)、ベッシュ
(パパゲーノ)、グルベローヴァ(夜の女王)
タルヴェラは、1989年、娘さんの結婚式のパーティのさなかに倒れ、そのまま亡くなってしまいました。54歳という、あまりにも早い惜しまれる死でした。

フランスの作曲家のダニエル・オベール(Daniel Auber)は、1782年1月29日に、ノルマンディー
上陸作戦の激戦地としても有名なカーンで生まれました。
オベールは、一説では生涯で48曲のオペラを作曲したと言われていて、その中で一番有名
なのは「フラ・ディアヴォロ」でしょうか。
(1) 「フラ・ディアヴォロ」:1830年の初演。CDには、ソウストロ指揮、モンテカルロpoによる、
1983-84年のセッション録音があります。
このオペラ第1幕で歌われるツェルリーナとフラ・ディアヴォロのクープレ「岩にもたれた」
は、浅草オペラの時代に「ディアヴォロの歌」として、田谷力三の大ヒット曲となりました
オペールの作品リストをみて気が付くことは、他の作曲家の有名なオペラと題材が被っている
作品が多いということです。
(2) 「媚薬」:1831年の初演。ドニゼッティの「愛の妙薬」は、オベールのこのオペラの台本を
元にしてロマーニが書いた台本に付曲したものです。残念ですが、これといったCDや
DVDは見当たりません
(3) 「ギュスターヴ3世」:1833年の初演。ヴェルディの「仮面舞踏会」の台本は、このオペラに
基づいてソンマが再構成したものです。スヴィエルチェフスキ指揮、フランス・リリックoの
1991年のセッション録音CDが市販されています。ニールセンにも「仮面舞踏会」という
オペラがありますが、こちらのストーリーは全くの別物です
(4) 「マノン・レスコー」:1856年の初演。このオペラの原作となったものは、プッチーニの
「マノン・レスコー」やマスネの「マノン」と同じアベ・プレヴォーの小説です。マーティ指揮、
ラジオ・フランス・リリックoの1974年のセッション録音CDの他、特殊なフォーマットですが
映像も市販されています
以上の(1)~(4)のオベールのオペラの台本は、有名なウジェヌ・スクリーブがすべてを書き
ました。実は、スクリーブはオベールの48曲のオペラのうち38曲の台本を提供しているん
ですね。

マルタのテノールのポール・アシャック(Paul Asciak)は、1923年1月28日にマルタの首都バレッタ
で生まれました。
1946年に地元でオペラ・デビューした後、イタリアやイギリスを中心に順調にオペラ歌手としての
キャリアを積み上げてきましたが、1961年5月、わずか38歳の若さで舞台生活から引退して
しまいました。何かの病気が引退の原因となったわけではなさそうで、その後は声楽教師
としての活動をずっと続けています。
舞台でのキャリアがあまりにも早く終わっため、残されているオペラの全曲録音は極僅かです。
(1) 「ノルマ」のフラーヴィオ役:グイ指揮、コヴェントガーデン王立歌劇場o。1952年のライヴ
録音。カラス(ノルマ)、ピッキ(ポリオーネ)、スティニャーニ(アダルジーザ)、ヴァーギ
(オロヴェーゾ)。
数多くある有名な「カラスのノルマ」の録音のひとつ。一般的には、ポリオーネとの対比で
フラーヴィオ役には軽めの声の歌手を充てることが多いのですが、アシャックの声は
むしろポリオーネ向きと言える程の強さを持っています
比較的入手しやすいCDアルバムもでています。
(2) 「ポール・アシャック~ポートレート」:1958年、その他の録音。チレア、ジョルダーノ、
レオンカヴァッロ、プッチーニ、ヴェルディのオペラからアリアと二重唱、そして他に歌曲が
収められています。
アシャックの重めで強い声を楽しむことができます。満腹感も結構感じられます。38歳で
引退するとは本当にもったいない立派な声をしています
アシャックは、その長い声楽教師生活の中で、前回(2012年1月22日)の記事で取り上げた
カレヤを見出しました。現在ではカレヤを育てた先生としての方がむしろ有名になりました。
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